村上春樹氏の抗議への対応に学ぶ、コミュニケーション力|「ドライブ・マイ・カー」のたばこポイ捨て記述

小説で実在の町名を使ったら怒られた

photo credit: the bbp via photopin cc

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作家の村上春樹さんが月刊誌文藝春秋昨年12月号に発表した短編小説「ドライブ・マイ・カー」を巡って騒ぎになっているみたいです。

なんでも、小説の中に登場する北海道の実在の町「中頓別町」の町議会が、文藝春秋に抗議文を提出する騒動になっているとか。

具体的には、ニュースを引用しますと、

「中頓別町」出身の女性運転手がたばこをポイ捨てし、主人公が「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と思う場面について、北海道中頓別町の町議が「ポイ捨てが普通のことに受け取られる」と抗議。文藝春秋に7日、質問状を送付した。 —村上春樹「心苦しく、残念」町名変更へ 小説のたばこポイ捨て記述めぐり

ということらしいです。

抗議する根拠や、抗議することの是非については、何とも言えません。実在の町の名前とはいえ、小説内での表現ですしね。

意味的には謝罪文なのに好感が持てる文章

しかし、僕はこの抗議に対する村上春樹氏の回答を読んで、逆に好感を持ちました。それが意味的には謝罪文であるのにかかわらず、です。その文章はこちらです。

「僕は北海道という土地が好きで、これまでに何度も訪れています。小説の舞台としても何度か使わせていただきましたし、サロマ湖ウルトラ・マラソンも走りました。ですから僕としてはあくまで親近感をもって今回の小説を書いたつもりなのですが、その結果として、そこに住んでおられる人々を不快な気持ちにさせたとしたら、それは僕にとってまことに心苦しいことであり、残念なことです。中頓別町という名前の響きが昔から好きで、今回小説の中で使わせていただいたのですが、これ以上のご迷惑をかけないよう、単行本にする時には別の名前に変えたいと思っています」

いかがですか。さすが作家だけあって、とても上手な書き方をしていると思いました。ありがちな謝罪文をつらつらと並べるようなものとは違い、怒っているはずの相手を自然になだめるような書き方がされていると思います。

なぜ、そのように感じるのでしょうか。

その理由は、最初の文章から垣間見ることができます。この文章の第一文は「僕は北海道という土地が好きで、これまでに何度も訪れています。」という好意を示す文で始まっているのです。

好意を示されると嫌いになりきれないという心理

このように、謝るよりも先に好意を示しているところが「うまい」なと思いました。そしてその後にしかるべき反省の念を述べ、さらに

「中頓別町という名前の響きが昔から好きで、今回小説の中で使わせていただいたのですが、これ以上のご迷惑をかけないよう、単行本にする時には別の名前に変えたいと思っています」

このようにもう一度、念押しの告白が続きます。

僕はこの中頓別町の人間ではありません。しかし、もしも自分の住む町に対して、村上春樹氏がこのように話しているとしたら、それ以上怒りをぶつける気にはならないのでないかと思います。

なぜなら、人間は、自分に好意を示している相手に対してさらに怒りをぶつけにくいからです。みなさんも、そんな気がしませんか?

このような人間の性質を知ってか知らずか、村上春樹氏は怒っている相手に反省の念を伝えながらも、相手の怒りの感情さえも鎮めうる、非常に上手な返事をしたものだと思いました。

きっとこの村上春樹氏の対応は、僕らが直面するいろいろな関係のお手本となるべきものだと思いました。

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